代表理事からのご挨拶

日本生命済生会付属 日生病院院長
鳥取大学名誉教授   寺川直樹

寺川教授

 会員の皆様にはご健勝にて診療・研究にご活躍のことと存じます。

 第33回日本エンドメトリオーシス学会は本年1月21日-22日の期間、増崎英明会長のもと長崎市で盛会裡に開催されました。わが国におけるエンドメトリオーシス研究の着実な進歩を実感した学術集会でございました。

 2009年に本会は日本エンドメトリオーシス学会(Japan Society of Endometriosis)へと名称変更しましたが、翌年に京都市で小西郁生会長のもと開催された第31回学術集会より応募演題数ならびに参加者は大幅に増加し、今回の第33回学術集会も参加者は500名を超え、一般演題数は初めて110題を上回る応募がございました。近年、子宮内膜症の重要性が認識されてきたとは言え、会員数は625名で、会期は1.5日の学術集会に全国からこれだけの医師や研究者らが集い、活発な討議が行われる本会はある意味で特異な学会と申せましょう。本症に対する腹腔鏡下手術の普及に加えて、2008年に新規治療薬ディナゲストおよびルナベルが久方ぶりに登場したことも本会の発展の要因となっています。

 第32回学術集会に続いて、今回の学会においても指定発言-比較的稀な臓器に発生する子宮内膜症(Less common endometriosis)の呼称に関する提案-をプログラムに組んで頂きました。消化器系、泌尿生殖器系や呼吸器系など、性器および骨盤外に発生する子宮内膜症を総括する名称は規定されておらず、したがって様々な名称が使用され、なかでも「異所性子宮内膜症」が多く用いられています。しかしながら、異所性子宮内膜である本症がさらに異所性に存在すると呼称するのは奇異なことです。そのようなことから今回、二年間にわたる討議の結果、本会としては「稀少部位子宮内膜症」という用語を採用することに決定致しました。日産婦学会 教育・用語委員会に対してもこの用語を提案して参ります。

 本会は、1980年に初代代表世話人の故 杉本 修教授(大阪医科大学)によって開催されました第1回ダナゾール研究会にその端を発します。その後、本会はエンドメトリオーシス研究会に改称され、年1回の学術集会開催を休むことなく続けてきました。また、代表世話人は故 水口弘司教授(横浜市立大学)そして武谷雄二教授(東京大学)に引き継がれ、発展して参りました。その道のりは必ずしも平坦ではありませんでしたが、世話人および会員諸兄のご努力によって本会の運営は安定したものとなり、子宮内膜症の基礎ならびに臨床研究は向上し、国際的レベルに到達するようになりました。

 昨年9月4日-7日の間、第11回世界子宮内膜症会議World Congress on Endometriosisが仏 モンペリエで開催されました。参加者は1250名で、Bernard Hedon会長のもと見事な学会運営とともに、発表論文の質の高さと子宮内膜症研究の世界の最近の進歩に驚嘆した次第です。前回メルボルンで開催されました第10回WCEの折に、私はWorld Endometriosis SocietyBoard理事にアジアから初めて選出されました。今回のモンペリエで一期3年間の理事の任を終え、これからは新設されたAmbassador大使としてWESの仕事に関って参ります。わが国の子宮内膜症研究が評価され、本会の代表理事として選出されたものと感謝しております。これからも、本会の成果を外に向けて大いにアピールすることが私の役目であると心得ています。

 微力ではございますが、日本エンドメトリオーシス学会のさらなる発展のために努力して参りますので、会員の皆様にはご支援下さいますようお願い申し上げます。

(2012年2月)


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